ニュージーランド一人旅・カンタベリー地震発生から3日後にクライストチャーチへ

2010年9月頃にニュージーランドに行ってきた。

そのときに書いた日記です。

ニュージーランドの旅は、人生の中でも特に楽しいものになった。

この旅は、3社目をやめるときの消化有給で行ってきた。




2010年9月7日旅立ち

ニュージーランドに旅立つ日だ。

一人旅だ。東京の西側の家から日暮里駅に向かい、そこから京成ライナーで成田空港に向かった。

成田空港から飛行機に乗り、オークランドに向けて日本を飛び立った。

夜の成田空港付近の夜景は綺麗だった。

写真に収めようとしたが、残念ながら手ブレがひどく写真として残せるものではなかった。

機内食

機内食が配られた。

早速、ラブプラスの凛子と記念撮影(笑)。2010年当時、ラブプラスにハマっていました。

料理は、ビーフステーキで歯ごたえあり大変美味しかった♪ビールも美味しかった。

普段は、お酒は1杯ぐらいしか飲まないのだが、今回は

調子にのって今まで飲んだことがないワインにも挑戦した。

キュウイフルーツのワインで非常に飲みやすかった。

そうか!これがワインか!!

この瞬間からワインが好きになってしまった!!

ワインを飲み終わった後、一気に顔が真っ赤になり、頭も痛くなってきた。よって、そのまま寝ろうとした。しかし、目は閉じていても、一睡もできなかった。さすがにつらい。

9月8日 クライストチャーチへ

朝6時ごろ(日本時刻朝3時)に朝食が配られた。朝食はオムレツ料理で美味しかった。食べたらまた少し寝る。

オークランドが見えてきた、上空からみる景色は良い♪

いよいよ、ニュージーランドだ♪

着陸態勢に入るとのことだったので、倒していた座席を元に戻すように、NZ人らしき乗務員に言われた。座席を戻そうとして、座席のボタンを押すが反応なし。イラッときて更に強く押した。すると、

「バキッ!!」

と効果音が鳴り響き、ボタンが破損してしまった。

「あ!やべーー」

と思いながら、その状況を乗務員に見せたら「broken,broken」連呼しだした。乗務員も慌てているようだ。その後、日本人の乗務員がその状況を確認し、私は空いている席に移動することになった。とりあえず、怒られることは無さそうなのでよかった。

こんなことで動じていたら、この先が思いやられる。

飛行機から降りた後は、オークランド空港にあるマクドナルドで食事。

外は、寒かった。これで日本の猛暑(当時、9月中旬でも30度以上あり猛暑だった)から、しばらくお別れだw

クライストチャーチ到着

オークランドから飛行機を乗り継ぎクライストチャーチに向かった。

現地時刻12時ごろ、クライストチャーチに到着した。

現地の旅行ガイドさんと会い、観光地に向かった。

クライストチャーチといえば、先日(カンタベリー地震 2010年9月4日発生)、大地震が発生したところだ。町は、まだ復旧途中で、立ち入り禁止区域も多かった。観光地に向かう途中、家のレンガが壊れてしまっているところを多く見かけた。

町の道路は広々していた。高速道路でもないのに時速80キロの道路なんてたくさんあった。また、日本の型崩れの車がたくさん走っていた。ツアーのガイドに聞くと、ニュージーランドでは全体の7割が日本の車を使っているとのことだ。

一軒家の面積は、日本に比べて広い。中には、プールもある家も存在するのだ。一度、そんなところに住んでみたいな。

モナ・ヴェイル

1899年に建てられたヴィクトリア様式の邸宅だ。川が流れていて景色が良い。建物の中も見学したいと思ったのだが、地震の影響で建物の一部が破損してしまい、復旧工事中だった。よって、中に入ることができなかった。

クライストチャーチ中心部から南側の丘

クライストチャーチ中心部から南側の丘に行って、景色を堪能した。クライストチャーチの町を一望できた。

大聖堂付近

クライストチャーチ中心部にあるゴシック様式の教会だ。中には入れなかったが、撮影しながら時間をつぶした。このような、洋風な建物は良いな。

ギアスやハリポタなどのコスプレイヤ-さんが好む場所である。

その後、ホテルにチェックイン。ホテルに向かう途中、封鎖されているところもあり、物々しい雰囲気だった。警官が警備にあたっていた。封鎖されているところは、閑散としていた。

部屋に入ってまず思ったことが、スリッパがないこと。NZのホテルには、スリッパはないとのことだった。くつろごうとしたところ、作業員が入ってきた。しかし、作業員がしゃべっている英語がほとんど理解できなかった。どうやら、部屋に備え付けている電話が壊れているようだ。

よって、別の部屋に移動することになった。

部屋でくつろいだ後は、クライストチャーチ市内を散歩した。

まず、腹が減ったので、「たなか屋」という日本人が経営している飲食店でラーメンを食べた。味は、日本本土で食べたほうが美味しかった(爆)。

その後、お土産屋を散策。そこで、私の片言の英語で道を聞いた。すると、日本語で店員さんが話をしてくれた。NZは、日本語が通用する店が意外に多いので驚いた。また、日本人の学生らしき旅行客が意外に多かった。そのほか、日本人が経営する店もたくさんあった。

震災から3日後のクライストチャーチ

2010年9月4日にカンタベリー地震が発生した。

ニュージーランドカンタベリー地方で発生したマグニチュード(Mw)7.0の地震だった。

震央はクライストチャーチの西およそ45kmに位置するダーフィールド周辺だった。

町は、先日の大地震の復旧工事で立ち入り禁止区域が多かった。

自分が泊まったホテル付近も立ち入り禁止区域で、警察によって道を通してくれる場合と、通してくれない場合があった。

通してくれない場合は、他の道から行くように言われ、その道順を説明してくれたのだが、なんて言っているか理解できなかった。

警官に「You understand?」と何度か質問されたが、とりあえず、わかったことにした。

私は、頭の中は「Can’t understand English」だよ!!それでも、目的地についたからよかった。

現地の子供らしき人に声をかけられた。どうやらバス停のことを聞いているようだが、何を言っているのかさっぱり分らなかった。よって、「no idea. 」と言ってその場をやり過ごした。英語力必須だな・・・。

英語は、自分である程度勉強できるが、それを実践する(今回の場合は、現地の人と話すこと)こととなると別だ。なぜなら、参考書どおりに会話が成立しないから。

英会話は、現地の人と話さないと実力がつかないことがよくわかった。日本に帰ったら、時間があるときにでも、英会話サークルか英会話喫茶(当時、2010年当時、英会話喫茶がたくさんあったが現在は殆どない)に行くなどして、会話力をつけたいと思った。

ホテルに戻ったら、軽く寝て、夕食だ。夕食は、肉料理メインのバイキングだ。味は美味しいが、品物が、日本と比べて意外に少なかった。コーンスープらしきスープがあったがまるで水を飲んでいるかの薄味で飲めたものではなかった。

PS:

この日記を書いていたNZ時刻9月9日午前3時ごろ余震発生!

これで2回目だ〜。流石にびっくりした。

スポンサーリンク
スポンサー




スポンサー




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサー